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東京高等裁判所 昭和36年(う)1094号 判決

控訴人 被告人 大内善一 外二名

弁護人 小林正基

検察官 寺尾樸栄

主文

原判決中被告人大内善一に関する部分を破棄する。

被告人大内善一を禁錮六月に処する。

但し、右被告人に対してはこの裁判確定の日から二年間、右刑の執行を猶予する。

被告人富松英臣、同三原栄助の本件各控訴を棄却する。

原審訴訟費用中証人山本和也、同加川荘三郎に支給した分は被告人大内善一及び原審相被告人富松英臣、同三原栄助の連帯負担とし、当審訴訟費用は全部被告人大内善一の負担とする。

理由

次に被告人大内の原判示第二の(一)(二)の事実につき職権により調査するに、原判決は被告人大内が原判示各文書を、佐藤みね子及び鈴木昭治郎に手渡した時に公職選挙法第一四二条所定の法定外文書頒布罪の成立を認めている。ところで、同条に言う頒布とは、選挙運動のために使用する文書図画を、不特定若しくは多数人に対し直接配布しなくとも、不特定若しくは多数人に対し配布させる目的を以て、少くともその一人に配布したことを要すると解するところ、これを本件につき検討すると、原判決挙示の証拠、並に当審における事実取調べの結果、就中、当審証人森井建也、同鈴木昭治郎の各供述、柾田松五郎、円山甚三郎の検察官に対する各供述調書、及び被告人大内の当公廷の供述によると、佐藤みね子は東京都理容環境衛生同業組合の事務員、鈴木昭治郎は全国理容環境衛生同業組合連合会の事務員であり、被告人大内は前記のとおり候補者楠本正康の選挙事務を事実上主宰していた者であるが、同被告人は東京都理容環境衛生同業組合を通じてその傘下組合員に原判示文書を配布しようと考え、偶々、選挙本部事務所に連絡のために来た佐藤みね子及び鈴木昭治郎に対し、いずれも右文書を東京都理容環境衛生同業組合事務所に届けるよう依頼して手渡し、鈴木は右の如くして大内から受取つた文書を更に佐藤みね子に手渡し、佐藤は右両方の文書を右組合事務所で同組合理事である円山甚三郎に手渡した結果、同人は同理事長柾田松五郎と協議の上、これを同組合支部長会議の席上で支部長五〇名位に配布して頒布したことが認められる。以上の如き経緯であるから、佐藤みね子、及び鈴木昭治郎は選挙本部事務所で被告人大内から本件各文書を単なる使者として受取り、これを東京都理容環境衛生同業組合まで運搬した丈けであつて、謂わば被告人大内の手足に過ぎないのであるから、被告人大内が佐藤、鈴木の両名に本件文書を手渡した丈けでは未だこれを以て前説示の配布があつたものとは認められないから、頒布罪の成立を肯認することはできない。

よつてこれに対し頒布罪の既遂の責任を認めた原判決は法律の解釈を誤つた結果、事実を誤認した違法があり、右は固より判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決中被告人大内に関する部分は、この点において破棄を免がれない。

そこで、弁護人の論旨につき判断を省略し、刑事訴訟法第三九七条第一項第三八二条第三八〇条第四〇〇条但書に則り、原判決中被告人大内に関する部分を破棄した上、当裁判所においては検察官が当審において予備的に追加した訴因に基き、次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人大内善一は、昭和三四年六月二日施行の参議院議員選挙に際し、同年五月七日全国区選出議員候補者として立候補の届出をした楠本正康の選挙運動者であるところ、

第二、同年五月一三日頃、東京都渋谷区千駄ケ谷五丁目八五三番地の右候補者の選挙事務所において、楠本正康名入りの無検印ポスター二〇〇枚位を、東京都理容環境衛生同業組合を介し、同組合員多数に交付する目的を以て、同組合事務員佐藤みね子に手渡し、更に、同月一五日頃前記選挙事務所において判示第一と同様の「運動員の手引」と題する法定外の文書二、〇〇〇枚位を、右同様の目的で鈴木昭治郎に手渡し、更に同人を介して佐藤みね子に交付し、よつて同日頃、右組合理事長柾田松五郎、同副理事長円山甚三郎をして、港区赤坂表町三丁目二番地の同組合事務所において、佐藤みね子から受取つた右ポスター二〇〇枚位及び手引二、〇〇〇枚位を、一括して同組合員清水吉雄等約五〇名に配布せしめて頒布し

たものである。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長裁判官 山本謹吾 裁判官 目黒太郎 裁判官 深谷真也)

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